イントロダクション

イントロダクション

 

高度経済成長期、石油化学コンビナートの煤煙で多くのぜんそく患者が発生した。苦しさの余り自殺者まで出した日本四大公害の1つ「四日市ぜんそく」――公害防止法の法制化のきっかけとなったその裁判の判決から38年が経つ。

三重県四日市市 ――公害裁判に立ち上がった人々と、彼らを支え続けた男がいる。

 

原告の一人、四日市市磯津の野田之一(78歳)。コンビナート対岸の漁港で3代続く漁師だったが、30代でぜんそくに蝕まれた。38年前、裁判に勝訴した時、支援者を前に野田はマイクで、こう呼びかけた。「まだ、ありがとうとは言えない。この町に、ほんとうの青空が戻った時、お礼を言います」と。

そして、公害発生当初から患者たちを写真と文字で記録し続け、原告たちを支え続けた男がいる。公害記録人・澤井余志郎(82歳)。彼が発行した公害文集は60冊、その活動は40年を超える。澤井は、「公害はまだ終わっていない…」と話す。判決から38年たった現在もコンビナートから目を離そうとしない。事実の記録と真実の究明をたゆみなく継続することこそが、本当の青空を取り戻すことにつながると信じているのだ。

彼らは、いまも、問い続けている。この町の青く美しかったあの空は、一体誰に奪われたのか。そして、いま、誰が何をしなくてはならないのか。

 

本作を制作したのは、東海テレビ放送。共同監督の阿武野勝彦は、『平成ジレンマ』『光と影~光市母子殺害事件弁護団の300日~』などのプロデューサーであり、テレビドキュメンタリーを劇場公開する野心的な試みの仕掛け人でもある。戸塚ヨットスクールのいまを活写し、観る者に平成ニッポンが抱えるジレンマを、圧倒的な迫力で突きつけた前作『平成ジレンマ』とは一転、本作『青空どろぼう』は、静かに私たちの思考を促すドキュメンタリーだ。そこには、いくつもの生々しい傷跡と無数の問いが、時にユーモアとともに織り込まれている。奪われた日常、奪われた空を映し出すスクリーンを見つめながら、いま、私たちは、どんな未来を、思い描くことができるのだろうか。